最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)768号 判決 1981年2月17日
上告人
森本浩二
右訴訟代理人
最所憲治
被上告人
山口浩
右訴訟代理人
敷地隆光
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人最所憲治の上告理由第二点について
原審は、加害車の運転者である被上告人、の過失相殺の主張について判断するにあたり、上告人が同乗していた被害車の運転者である訴外谷素之の本件事故における過失割合を四割と認めたうえ、上告人と訴外谷とは身分上、生活関係上一体をなす関係にあるものとして、被上告人が上告人に対して支払うべき損害賠償額から右過失割合に相当する金額を控除している。
しかしながら、原審が確定したところによれば、上告人と訴外谷とは、訴外大神孝志が経営する寿司店に勤務する同僚であつて、上告人が訴外大神所有の被害車の助手席に乗り、訴外谷がこれを運転中に本件事故を惹起したというにとどまるから、上告人と訴外谷とは、他に特段の事情がない限り、身分上、生活関係上一体をなす関係にあると認めることは相当でないものといわなければならない。したがつて、原審が、他に特段の事情があることを確定することなしに、同じ職場に勤務する同僚であるというだけの事実から、直ちに、上告人と訴外谷とは身分上、生活関係上一体をなす関係にあるものと判断したことは、民法七二二条二項の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものといわざるをえず、右法令違背が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、その余の上告理由の判断を省略して、さらに審理を尽くさせるため本件を福岡高等裁判所に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)
上告代理人最所憲治の上告理由
第一点 <省略>
第二点 原判決は訴外谷と上告人が身分上及び生活関係上一体をなすとして、訴外谷の過失を被害者側の過失として上告人の損害額算定について斟酌している。
一般的に言つて、民法第七二二条二項の被害者の過失が、単に被害者本人の過失のみでなく、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすものとみられる関係にある者の過失を含むことは承認される。
しかし、上告人と訴外谷とは、同じ寿司店に勤務する単なる同僚の関係にすぎない。両者は、同一の仕事に従事するだけの関係であり、仕事外のことについては各々全く独立した存在であり、共同生活をしているという事実もない。
上告人と訴外谷とは、いわゆる財布を共通にする関係でもなく、訴外谷の過失を上告人の過失として斟酌することが、夫婦間におけるが如く求償関係を一挙に解決するような結果にもならない。
訴外谷が上告人に損害を与えれば、同僚であつても上告人は訴外谷に対して損害賠償請求権が発生するのであつて、訴外谷の行為に起因する損害を、同人が同僚であるからと言つて、上告人が自から惹起した損害として忍受すべきなんらの合理的理由は存しない。
右の理は、訴外谷が被上告人との共同行為によつて不法に上告人に損害を与えた場合にも同様であつて、上告人は訴外谷と被上告人を共同不法行為者として、蒙つた全損害の賠償を請求しうべきものである(訴外谷と被上告人との過失割合は共同不法行為者間の求償問題である。)。
同じ職場に働く者から受けた損害部分については、自からが加えた損害と同視して、もはや請求しえないとすることは、一般条理からしても納得出来ないものであつて、同僚であるという事実は、加害者である被上告人と同様に訴外谷を損害賠償の相手方とすることを妨げる合理的な理由にはなり得ないものである。
また、上告人は勤務先からの指示により、訴外谷運転の勤務先所有の車両に同乗していたものであり、なんら非難さるべき事由はない。
かかる場合に、訴外谷の過失を上告人の過失として斟酌するならば、これは第三者(訴外谷)の過失によつて生じた損害を上告人の負担に帰せしめ、反面、不当に加害者(被上告人)を利することとなり、却つて過失相殺の理念である公平の理念に反することとなる。
以上より、訴外谷の過失を上告人の過失として斟酌した原判決には、民法第七二二条二項の解釈を誤つた法令違背があり、また、最高裁判所昭和四〇年(オ)第一〇五六号慰藉料請求事件の昭和四二年六月二七日第三小法廷判決にも反する。
右法令違背が判決に影響を与えることは明白である。<以下、省略>